詐欺師たちを近寄らせなぃための新しい発想が必要なとき


どうしたらニ次被害、三次被害を くい止められるか・・こそう考えれば 考えるほど思考は迷路の網にとらわ れてしまう。なぜなら、原野は今も そこにあり、悪徳商法の温床は厳然 として存在しているからである。先 に「消費者自身の心構え」と述べた が、これはまったく消極的な方法で しかないのだ。
原野とは通常、数反分とか数町分 (一反分はおよそ1000u、一町分はお よそー万u)という単位で扱われる ものだ。木を植えるにしてもコンブ 干し場にするにしても、五十坪とか百坪とかいう単位で扱うものではないだろう。それを都市部のようにコ マ切れにし、火山灰地や傾斜地、湿 地の上にありもしない道路を図面化 しあたかも住宅地であるかのように 見せかけ、多数の人々に売るのだ。
そこが住宅地になる可能性などまず ないから、土地は荒れるにまかされ る。営林署が植林事業を考えても、 所有者が全国に散在するコマ切れの土地ではどうすることもできない。


新しい道をさぐる発想 その1新しい道をさぐる発想 その2新しい道をさぐる発想 その3


父の夢は潰えて、土地は自然に 返したい。安心して原野を任せられる 法人が欲しい


現状は広大な原っぱ、しかし、法律上では細分化された数百人、数千人の所有物。広域の測量地図で見る と原野商法で分譲されたそのあたり だけ、まるで虫に食われたように見える。そして事実、その土地は害虫 に少しずつ蝕まれるように確実に荒 れていく。
林野事業への障害はすでに現実の ものとなっているし、先の例のように開発事業がおこっても買収は困難を極めることになる。そしてそこでは、土地は「活かされる」ことはな い。
土地は活用されてはじめて意味を もつ。活用されるから、現代経済の大きな要素にもなっている。環境を 守るために森林を保護することも、 活用のスタイルのひとつだと思う。
活用できない土地は人間の手の及ぶ ところではない。それは謙虚に、大自然に 委ねるべきなのであろう。 だが、活用することを人間に阻ま れた土地はどうなるのか。人間のエ ゴと欲望にねじふせられた土地は、何度も何度も詐欺師の道具として繰 りかえし悪用されるしか、「活かさ れる」道はないのだろうか。
しかしいま、少しずつではあるが 新しい道をさぐる発想が生まれてき ている。それらはこれまでの対応とは180度、発想の転換を図ったも のだ。


新しい道をさぐる発想 その1

被害者のグループが実際にためし た方法。「原野を持っているから測 量商法業者につけ入られる。まとめ て自治体に寄付し有効に使ってもら うのがよい」と計画した。これには同時に、自治体などが原野商法に対 し無為であることへの無言の批判も 込められていた(しかし結局は自治 体に受けとってもらえなかった)。


新しい道をさぐる発想 その2

被害者が株主となって株式会社を 設立し、細分化された土地を少しず つ買い集める。株主は自分の土地を供出してしまうし、会社に加わらな い被害者仲間の土地も被害額で買い 取ることはできないから、被害の金銭的救済にはならないが、測量商法 などの業者が詐欺を仕掛けられない ように妨害することができる。いずれは活用できる広い土地に修復し、 林野事業や社会に役立つ事業に使お うというもの。


新しい道をさぐる発想 その3

自然保護運動の団体に売却、ある いは寄付したり貸し出したりするこ とを考える。自然保護団体は植林し たり野鳥を保護するためなどに活用 する、というアイデアである。 ただし売却するとしても、自然保 護運動の団体側が買い取れる価格は 現地の相場というから、とうてい被 害額を取り戻すことは不可能であ る。


などだ。
いずれも、被害額を取り戻したい という思いを否定しなければならな い発想である。たとえこれらが被害 者グループの中で考えられたもので あっても、他の多くの被害者の人々 をすぐさま納得させることは、容易 なことではないだろう。このような 発想で結びついた被害者ネットワー クが生まれ、十分な討論を経なけれ ば、実現への道は険しいと思う。
しかし、細分化された原野が存在 を続ければ必ず再び詐欺師たちの標 的になってしまうという状況を完全 に拒否した、新しい考え方であるこ とにはちがいない。
これらの発想がベストだと自信を 持っていい切ることは、誰にもできない。だが、詐欺師たちにニ度と甘 い汁を吸わせないために、一度前提 を−損害を回復するのだという前提を、観念の中だけであっても完全に否定してみることは無意味なことではないと思う。一度は真剣に考え てみる価値があるのではないだろう か。
そのような発想のキャッチボール が、いつか必ず、本当の解決策を芽吹かせてくれると思いたいのだ。


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